CEROの今とこれから
前回の記事では「CEROって何?」とか「審査ってどういう流れ?」という基本的なことを取り上げました。
今回はもう少し踏み込んで、CEROの必要性や課題などについてまとめました。
審査費用について
CEROに審査を依頼する場合、所定の費用が発生します。
| 正会員 | 非会員 | |
| 入会金 | 200,000円 | なし |
| 年会費 | 100,000円 | なし |
| 新規審査料(1作品) | 70,000円 | 200,000円 |
| 移植審査料(他機種展開) | 20,000円 | 60,000円 |
入会金及び年会費を払って「会員」となって審査を受ける方法と、「非会員」のまま審査依頼ごとに契約を結んで審査を受ける方法があります。
入会金と年会費についてはCEROの定款に記載されていますが、審査料は公開されていません。
こちらは、CERO役員やゲーム開発者さんの発言をもとにしています。

低価格ゲームだと審査費の回収だけでも大変そう
CEROの必要性
CEROの重要な役割として、まず「流通と販売の共通ルール」という面があります。
小売店にとって、扱うゲームすべての内容を理解し推奨年齢を判定することは現実的ではありません。
ですが国内統一の基準があれば、それぞれの区分をどう扱うかだけ決めれば済みます。
また保護者にゲーム内容を尋ねられた場合も、年齢区分やディスクリプターアイコンをもとに適切な案内が可能です。
次に「業界のリミッター」としての役割です。
ゲームの表現が多様化・高度化する中で、刺激のある表現もよりリアルにより過激になっていきます。
自分で操作するというゲーム特有の影響を考慮したうえで、より慎重な基準を維持することもCEROの役割です。
最後の役割は「公的規制の回避」です。
もし過激な内容のゲームが社会問題化すれば、行政が介入して法律や条例で規制される可能性が高まります。
CEROが審査することで、結果的に公的な規制が入りにくい状況を作っているとも言えます。

防波堤みたいな役目ですね
抱える課題点
ひとつめが「審査の不透明さ」。
対象となる表現項目や審査方法が公開されていますが、具体的な判定基準などは未公開情報です。
そのため「B」に抑えたいならどこまでOKなのか、ということが制作者側には全くわかりません。
判定基準の曖昧さを指摘する意見もありますね。
ふたつめは「審査コスト」。
大きなゲームメーカーなら微々たる出費かもしれませんが、個人レベルの開発者には大きな負担です。
しかも、機種展開する場合はそれぞれ追加の審査費用が発生します。
また書類やゲーム映像などの資料の準備も必要です。
予算や労力が限られる個人開発者や小規模スタジオにとって、審査にかかるコストは参入の障害となります。
最後は「制度が時代に合わない」。
CERO自体が20年以上前に設立された団体ですが、未だにその当時の価値観のままとおもえる部分があります。
具体的には「ある程度以上の規模の国内メーカー」が「小売店でパッケージ販売する」ことを想定した審査のままということです。
審査方法そのものが、アップデートや追加DLCなどを前提とした仕組みになっていません。

しかも、やり取りは日本語のみだそうです
特に海外の個人開発者などにとっては、言語の壁も大きな障壁になっています。
まとめ
CEROというとどうしても「規制」という言葉が浮かんでしまうので、いいイメージのない人が多いかもしれません。
ですがCEROが入ることにより、ゲームそのものが規制を受けることを防いでいるとも言えます。
そういう意味では、審査機構は必要な存在です。
ただそれはCEROでなくても国際基準のIARCでもできることです。
今でこそ小売店がCEROを尊重しているので存在感を示せていますが、ダウンロード販売が当たり前となればCEROの必要性も下がってきます。
今のままなら、CEROは国内のゲーム機向けという狭い世界の古いルールになりかねません。
一方で、CEROには日本の文化的背景(倫理観・宗教観・法規制)に即した審査ができるという強みもあります。
わかりやすいのが真・女神転生シリーズです。
国内では「A」や「C」だった作品に対し、海外ではより上の対象年齢を設定している例もあります。
もしCEROが「アナログで閉鎖的」な今の体制から、ゲーム産業の今に適応できたなら、「日本市場における品質保証」になれるんじゃないかなとおもいます。



コメント
ふむふむ、インディーズで面白いゲームが多数出てこれてるのはCEROを無視できたから、ってのは大いにありそう。
政治的な表現ダメはなんで?意味不明です、別にプロパガンダに利用したいならすれば良いです、SNSで誰でも普通にできること。権力者に都合が悪いから?むしろ裏で繋がっててもおかしくない?金銭的な利権の匂いもしますね。
2000年〜位のエロゲ群(非エロ重視のPCノベルゲー)の尖りまくったシナリオの面白さをある程度知ってるので規制なんてクソ喰らえ、尖った表現したいなら自分で責任取れば良いでしょう。まあ本質的にはほぼほぼ要らなさそうですかね。
見てくれてありがとうございます。
ゲームに限ったことではないですけど様々な規制には
理解のない外部が介入してきてコンテンツそのものの存続を危うくする
なんて事態を防ぐためという側面もあるかなと。